職場は割とシャレならんことになっている

 部屋にずっと置いてある土産物の毬藻は、水の中に灰色の同じような形の黴が生えはじめてきっと枯れるのだろう。今年はじめに鎌倉で買ってきたものだ。水をこまめに入れ換え、もみ洗いしていれば、長生きするものだとどっかネットで書いてあったけれども、それははじめの数ヶ月はやっていたけれどもすぐに忘れてしまった。今では握り拳より小さな鉢に埃がかぶっている。
 人間の体にもいろんな黴が巣食う。仮にだが、職場でノロウィルスが蔓延したとする。ノロウィルスは菌類とは比べものにならないほどの小型で、一つ一つが細胞で構成されている菌とは違ってそれはDNA配列それ自体に近い。RNAとか、われわれの普通の細胞内とかにもあって、細胞核から、
「やっほう」
「こんちゃ」
「久しぶり」
「そうですね」
「最近あんまりインしてないね」
「ぜんぜん時間が取れなくて……」
「そうなんだ、忙しい?」
「この時期は特に……」
「そっか、まあがんばって
 ところで、ちょっと細胞壁の方に行って、ナトリウムイオンチャンネルを開けといてほしいんだけど」
「えw 急っすね……」
「ちょっと、今頼める人がいなくなっちゃったんだよ」
「Sさんは?」
「Sさん、パリ行っちゃったんだって」
「パリ!?」
「実家がそっちにあるらしいんだ」
「そんな話、ぜんぜん聞いてなかったな……」
「とにかく、よろしくね」
「今度オゴリですよ?」
 みたいなメッセージを受け取って、それを実行したりするのだが、ウィルスはそこにハッキングをかける。仮に、職場にノロウィルスが蔓延してしまったのだとしたら、それは人体に付着し、しばらくはただ「ある」だけだ。それが内臓など粘膜のぬくい部位に定着したら、そこから行動がはじまる。
「やっほう」
「こんグスす」
「久しぶり」
「そプすぼリ」
「最近あんまりインしてないね」
「ぜポソすす時典端端スて……」
「そうなんだ、忙しい?」
「この時顕顕顕顕著」
「そっか、まあがんばって
 ところで、ちょっと細胞壁の方に行って、ナトリウムイオンチャンネルを開けといてほしいんだけど」
「許可されススス」
 絶えざる自己増殖の餌食と人体が成る。後輩は職場からではなく他からもらってきた。職場の方は、ノロ疑いから解放されつつある。