正社員

 しかし僕はやたらとキリストを、それがかつてただの一人の人間であった、という事実を元にして、おとしめようとは全く思っていない。それは科学的思考を真実に到るための唯一の道だと信じている人々の常套手段だ。キリスト教は、一人間としてのキリストのみがあまりに偉大だったから広まったのではない。そもそも、一つの肉体におさまり返っている個人というものが、影響を与える範囲は、ごくごくかぎられている。それでは、それこそ手の届く範囲のものしか、変化を与えられないだろう。
 キリスト教はまずテキストになった。聖書は、キリストが言ったこと、したことをまとめあげたものだと言われているけれども、それをまとめたのは使途と呼ばれた人々であり、それがテキストとして広まった頃には、もう孫弟子くらいしかいないような状況だった。
 キリスト教は、それを触れ回った当人もいず、それをまとめ上げて「すばらしい!」と言ってあげる弟子もさらにいなくなって、その人達のテキストだけが残っているような状況で、広まった。
 キリスト教共同体は Corps と呼ばれていた。Corps とは、肉体のことも指す。彼らの認識では、その共同体、つまり全世界規模で広まった、それを信じている人々の集合それ自体が、キリストの肉体である、ということに実はなっている。また、聖書(テキスト)の広がりも、それ自体がキリストだという認識も、されている。
 さらに言えば、今まさにそれを信じているキリスト教者とその言説の広がりをさらに超えて、論理的ステルスのようにしてさまざまなところに伸び広がっているところが、キリスト教の本当の偉大さでありやっかいさでもあると思うけれども、それはいずれ話すとして、この日は遅番で久しぶりに自力だけで15分オーバーしただけで上がれた。
 ふだんは、先輩に手伝ってもらっても20分オーバーする時すらある。僕は実は来月から正社員登用されることが決まっているので、この日は本気で、できうるかぎり早く仕事を仕上げようと思っていた。
 それに、仕事の状況も追い風で、早く上がれる因子があった。それなのに、その日の様子を見に来たリーダーから、
「おしいな」と言われて忘れていた業務を指摘された時にはショックが隠し切れなかった。
 別に早く上がれれば上がれるほど良いというわけでもないだろうけれども、正社員登用されるための心構えとして、一つ示しをつけたいとは思っていた。