「お届け印」

 今日は、前に予約した「貸しコンテナ」「貸しスペース」「レンタルスペース」、なんて正式に言えばいいか知らないけど、を借りるための書類を書いた。
 書くのはいいけど、印鑑が必要になる。印鑑はシャチハタではいけない。普段仕事ではシャチハタで印を押しまくっている。最低、日に十や二十ではきかないくらい押す。シャチハタは便利だ。
 印の周りに銀の環があり、それを押すとセルフ朱肉が出てくる仕組みだろうか。無意味に銀の環をセッティングするほど産業というものは余裕がないから、きっとそうなんだろう。押しても押しても、まるで金太郎アメのように次が出てくる。もっとも、金太郎アメを今の人は食べることはもとより、見たこともないだろうに譬えだけで生き残っている。それだけ金太郎アメは言葉としてのモノだったんだろう。
 実物はあっても、それが物としてより言葉やメッセージとして良く機能しているというのはよくあることだ。食べ物の譲渡はそれを胃の中に入れて消化するというよりも、「私があなたにあげた」というメッセージ性の方がよっぽど重視される。
 当り前だけど、フィジカルなことがリアルなことと勘違いされている現代においては、それが当り前でなくなっているのかもしれない。
 というわけで銀行に登録する際に使った印鑑が部屋のどこかにあるはずなので、総浚いするつもりで探した。とはいっても、それは髪を洗う時に、おそるおそる一本ずつ洗っていくような探し方だった。
 前の前に使っていたカバンを捨てずに取っておいたけど、その中を探していたら、もう必要のないコンドームと一緒に、やけに高そうな腕時計が見つかった。
 長針と短針の他に、秒を刻む針があるけどそれは中心から外れた左側にある。本来秒針のあるところには、ストップウォッチ用の秒針がある。小さく回っている針が他にも上と下にあって、竜頭の上のボタンを押すと上の針が100分の1秒をきざんで、本来秒針である針が一秒を刻んで、下の針が分を刻む。
 竜頭の下のボタンを押すと、ラップタイムを計れたり、リセット出来たりする。
 右には日付を示す小窓が開いている。
 ずっとこういう時計がほしかったと思っていて、またこの時計を玩具のようにして遊んでいたのも覚えているけど、一体なんで急に、なんのきっかけがあって、携帯電話で時間なんかわかるのに時計なんか買ったのか、どこにそんなお金があったのか、全く思い出せなかった。
 コンドームは捨てた。印鑑は見つかった。