初給料/青空文庫……/スキャナー

 二月の二十五日に、やっとこの有料老人ホームの仕事のお給料が振り込まれた。
 微々たるものだけど、とても使い切れないと思う。なんせ、使っている時間がない。
 とはいえ、使おうと思えば、いくらでも減らすことができるのは、わかるけれども。今のところ、僕にそういう類いの発想がない。ささやかに飯を食って、ささやかに本を読んで、いつの間にか時間が過ぎていくというのが望ましい。
 買う予定のものはいっぱいあるけど、今すぐにというのは少ない。ウェブカメとか。ある程度余裕が見えてきたら、買えばいいさ。



 僕が不用意にツイッターで「米田=Pさん」発言をしたから、ついに青空文庫ファウンダーの、富田倫生氏の目に止まってしまった。
 まあ、いつかはこうなるとは思っていた(というか、半ばは期待してもいた)んだけれども。
 富田さんにとっては、僕は「作業の精確さや言葉遣いや作品選びから、五十代かそこらの編集の仕事でもしている人」だったらしい。この間あったオフ会で、豈図らんや、Pさん/米田さんはハタチそこそこのボーズ頭のこないだまでニートしていた若者だった、ということを目の当りにして、一瞬、瞠目したその顔が忘れられない。
 僕はただ単にパロディーでもやっているつもりで、古い小説のことを語る時には、古い言葉で語る。ふだんは新しいの古いのと考えずゴチャまぜに使うので、自分でもなにがなんだかわからなくなる。それで古い人間に見えたのかもしれない。作品選びの方は、僕としては、常に「今とつながりうる」ものだけを選んでいるつもりだった。それでも、青空文庫に入れることのできるような作品は、みんな古いんじゃないかと思うけど……。
 オフ会の時には、わざわざPさんの各種アカウントをさらすようなことはしなかった。なんとなくそんな時間はないように思った。一生懸命某社長さんに向かって永井荷風のことを語っているうちに一次会は終わって、一生懸命パブリック・ドメインとオープンソースムーブメントについて語っている、プログラマーで今は青空文庫の作業員に最近名を連ねたという人の話を聞いているうちに二次会が終わったという感じだった。
 余談だけどこのオフ会は、主に青空文庫の点検グループ(つまり事実上運営とかの中心にいる人たち)のメンバーで、特に入力の量がすごい門田裕志氏が、ふだんはアメリカに滞在しているところ、久しぶりに日本に帰って来たということで、みんなで「囲う」のも目的の一つで、特に人数も減って発言にも余裕の出てきた頃に、いろいろ話を持ちかけた。「校正待ちの作品の中で、何がイチオシですか?」
 門田さんは特に「今まで特に注目されてはいなかったけど、著作権切れの作家を調べるうちにふと見つけた人が、視点を変えればとても面白い」というような作品を探し出すことに生きがいを感じるらしく、「海野十三が日本SFのハインラインだとしたら(このたとえは違ったかもしれないけど)、この人はフィリップ・K・ディックだ、この時代にアイデンティティを扱ったSFを書いていたなんて、考えられない」とまで言う「蘭郁二郎」という作家。
 この作家の校正待ちは「地底大陸」、「海底紳士」、その他。試しに「地底大陸」を読んでみたら、門田さんの言う通りに、この作品だけは戦時色がとても強く、所々に「敵国」「ジュードーは強い」「生粋の日本民族の末裔」などなど、アレッと思うフレーズが散見されるものの、その「敵国」である「R国」の、「ギャング団」の「少女団長」である「アスリーナ」という男装している女の子が、っていうか男装っていうのが、ちょっとこれツボってしまって、イチコロになってしまったのですぐに校正申請を出した。


 初給料で初めて買った、大きな買い物。スキャナー。
 大きなってのはウソついた。ハードオフで、しかもジャンクの山から文字通り掘り起こした、たった500円のスキャナー。
 でも僕はスキャナーにそんなにクオリティを求めるわけでもなく、だいいち何かの本を、まとまったページ数で本気で電子化して保存しようというのでもなければ、ごくたま〜に「あったらいいな」と思うだけのことなので、これでちょうどいい。それくらいに思って買ったのに、案外ものすごいクオリティで、高解像度の画像にしてくれる。
 ジャンク品だったのでドライバーなどはなかったけど、それもキヤノンのサイトから無償でダウンロードできて、すぐに使えた。御の字オブザ御の字である。
 ……ちょっと妙な語弊がある。「何かの本を、まとまったページ数で本気で電子化して保存しよう」というのは、まるで青空文庫でやってること自体の話だけれども、僕はテキストはテキストデータでほしいと思っているから、画像にして保存するという発想がもはやなくなってしまったし、しかもページをちょっとでも押しつぶして、ノリで止めてある部分を開いてしまい、本が変形するのをひどく嫌うので、そういう作業を、持っている本(しかも、物質的に言っても、いささかならぬ愛着を持っている本)全てに行なうなんて、とても思いも寄らないことだ。
 そんなわけで、スキャナーはもうこの程度でいい。他には、もし給料に余りが出たら(そういえば、初給料なので、僕が自然体で使っていった場合に、どこまで残ってくれるのか、わからないので、初の月でそんなに使い込むわけにはいかない)、なにを買おうか。
 DAWソフト、もう一台のカリンバ、ウェブカメ、モバイル回線の契約、本を買いあさる、……