ライムスター

 YO、YO、チェケラチョー
 ……
 えーっと……
 さ、サイコーの夜だぜ……いえぃ……
 ……んー……あのですね……
 ごめんなさい。Pです。
 先程図書館でライムスターの「ウワサの真相」を借りてきました。ライムスターです。佐々木中読むまではまったく知らなかったのですが、いろんな方面で有名なラッパーらしいです。ラップです。ヒップホップです。なんて言えばいいんでしょうね。まったくわからない慣れないジャンルです。ただ聞けばいいというそのことがわからなくなると思いませんか、新しいジャンルに飛び込む瞬間には。
 また、考えてけば考えてくほど、横にズレていくというか、考えを安定させることができないというか、要するに文章に焼きつけようとするにするに、次第に変化していってラーメンの中に開いた半熟玉子をかき集めるがごとしといった心況になると思いませんか。

佐々木 反復が差異を生みだす。そして、それはもう革命なんですよ。ただのつまらない砂を噛むような繰り返しじゃなくて、革命になる。Once again, back is the incredible って。そこからこそ本当にフレッシュな創造性に満ちたものが生まれてくる。だから、「ニュー」とか「ブランニュー」だったりする「新しさ」「新奇さ」なんて必要ないわけですよ。まさに「フレッシュ」であればいい。

 これは佐々木中の、インタビュー記事の中の発言で、この全文に線を引いた上に、その周りを丸く(四角く?)かこってありました。
 その対談相手が、ライムスターの宇多丸でした。
 宇多丸という人は、まったく知らなかったのですが、なんかすごい人みたいなので、ずっと気になっていました。
 それでこの「ウワサの真相」ですが、まずフィクション色がとても強いですね。
 そのフィクションと、今歌っているという状況との、区別をつけないですね。そういった感じは前もってイメージしていた通りですがね。「聞け俺の」なんとか、みたいな。
 それによって、なんというか、その「シチュエーション」が薄くなりますね。いい悪いじゃなくて、いやむしろその薄さが表現なんですけど。
 薄いといえば、音も薄いんですね。曲の中に声を入れるということは、伴奏にそれが入るすき間を残しておくということなんですね。
 でも、それ以上に「薄い」という感じがします。
 とすると、それまで当り前と思っていた「濃さ」ってなんなのか。
 その辺に考える余地がありそうです。これ書いてる間に、CDが一周してしまいました。