しめやかなる言霊

 相変わらず雨から始まる。口の端から垂れた運動性の豊かな水溜まりが、水田の縁みたいに、定量的に、崩れ落ちる。
 現在、大友克洋の描くマンションの十三階に住んでいる。
 縁を描かず、垂直にしないことによって、茫洋たる不安定を生み出している。
 廊下の溝のところに、死んで埃を被ったゴキブリが、もう何年も転がっている。
 誰か、風でもいいから、どうにかしてくれればいいのに。
 そう思って、たまに、風が、一部屋隣の居室の扉の前まで、そのゴキブリを転がして、それと同じ風が、また自分の家の前に転がしてくるのだ。
 いい加減、どうにかなればいいのに。
 給湯機の起動する生暖かい鉄の匂いが漂ってきた。
 手摺りの下、はるか下方を覗くと、大友克洋と猪俣がケンカしていた。
 夏の臭い匂いがする。むなくそ悪い。