酔っ払いの幻覚

「バナナって、酵素あるよね?」
「いや、さあ……。酵素?」
「酵素あるよ。だって、なんかで、バナナ酵素あるイメージあるもん」

……

 そうこうするうちに、練馬駅へ着いた。ネオンが輝く時の、燃える時のほのかに爆ぜる音がして、電極が電価を交換した。線路が視界に入りながらも、ここがその南側に当るのか、それとも北側なのか、にわかに判然とすることはなかった。本当は、そちらから来たのだから、当然ながら、南側に位置していた。
「うまいうまい、ベーコンうまい」
「ここもぼんじりがうまかったし」
「しかし、おじいさんとおばあさんが風呂場で垢を出し合って、それで人形をこしらえたところ、それが人となって○○太郎と名付けられたというストーリーの、昔話があったはずです」
「それ、別に俺は知ってるけど」
「何でしたっけ?」
「知ってるけど」
「サバが皮を裏にして出てきたから、これはサバだったとは思わなかったのですが一目で」
 そうこうするうちに、条例によって店の外では飲めなくなった。会社を上がる時は、残った仕事を他人に指摘されないよう、さりげなくそそくさと出て行けるように、さりげなくそそくさとユニフォームを脱いで、ユニフォームは今年のはじめに更新されたものだ。サイズについて、女性従業員が大きいだの小さいだのとにぎやかになった。
ニーチェは、ただ道徳律を否定したわけではないのです。道徳律、つまり『良い』『悪い』の基準は、それ自体が正しいものなのか、それとも間違っているのか、わからない。だから、『悪い』方に振れていいじゃないか、とニーチェが言ったわけではなく、「それならば、われわれは『良い』という方に傾いてやろうじゃないか」と言っていたわけです」
「別にそんなの知ってるよ」
「ああ、そうですか……」
 これは、去年の忘年会で実際にあった会話だ。
 ネコバスのドアが開く時の、「モヮ~ン」という効果音。