きのう

 立ちっぱなしだった区間(都心に近くてまだ人がいっぱいいる区間)を過ぎても、やはり、神経が高ぶって電車の席では眠るに眠れなかった。
 そこで脳内トリップが開始されて、線路をV字に谷のように限っている垣の上の緑の光が、そのまま透過されて人の頭の脂に濁った車窓をすり抜けて、口を開けて眠りこけているスーツを着た男の顔を照らしていたり、そこにストロボのように黒い影が横切ったりしているのを、快感を伴いつつもひたすら眺めていた。
 雲は薄く高く、幾層かになっているのがゆっくりとした風の流れでそれとわかる。線路がカーブするに従って、その全体がゆっくりと角度を変えていく……
 と思ったらそれは突然中断されて、爆発的な赤と鼠の点滅が出現した。反対車線を、たぶん同じ線の復路を走る電車が通り、その壁面の色が激しい太陽光を反映して、快速の二倍の速さで荷物置きの横に延びる鉄棒を明滅させているのだとわかった。
 いつの間にか谷状の地帯からは抜けていて、その電車が過ぎた後には急に見晴らしが良くなった。高低差の激しい地形にへばりつくようにして住宅が建ち並んでいた。ひたすら横に延びる電線の集合は、ある一塊りになって納豆の糸のようにねばりついて流れていた。
 電車は大船駅から「横須賀線」に直通して、その後はもう「北鎌倉駅」と「鎌倉駅」しかなかった。
(つづく)