野尻抱介『太陽の簒奪者』

 この十年で世界の気候はすっかり変わってしまった。
 平均気温が低下の傾向にあるのは事実だが、その諸現象は途方もなく複雑で、地球環境はかつてないカオス状態に移行していた。
 インドネシアは干魃《かんばつ》にあえいでいた。中国華北地方では洪水で十四万人が命を失った。
 氷河は中緯度帯に迫っているのに、日本列島は酷暑に苛《さいな》まれた。
 東北地方でイナゴ、北海道でマメコガネが大発生し、愛媛にはマラリア患者が現れた。土とともに生きることを標榜していた有機農家はとうに姿を消している。例年の気象データなど参考にならない。農家は開閉式のビニールハウスを使って絶えず日照と温度を加減しながら、かろうじて作物を実らせていた。

(『太陽の簒奪者』、「第一部 太陽の簒奪者」「ACT・5 2017年6月」、34-35ページ)
 この部分がどうしても忘れられない。
 ラスト周辺以外で探すなら、一つの名場面はここにあると思う。
 今でもこの小説はどこか僕の核の一つになっているらしい。とするなら、今まで僕が一貫して毛嫌いし続けている小林泰三も、この作品のリアリティの面でアドバイスを与えたというのであれば、その点だけでもありがたいと思わずにはいられない。