イーガンとの訣別(1)

 コク……コク……
 コク……コク……コク……
 時間が刻々と過ぎていく音です。携帯のデジタル時計は無情にも分を刻んでいき、約束の一時をゆっくりとこちらに運んできます。面接を控えたPさんです。
 グレック・イーガンの「プランク・ダイヴ」がついに文庫化されたということで、とりあえず買いはしたのですが、何とも複雑な気分です。
 グレッグ・イーガンというのは、オーストラリアのハードSF作家で、このハードさにかけては右に出るものはいないでしょう。
 ハードコアSMなら知ってるけど、ハードSFって、なに?
 まあ知らなくてもおかしくないんですけど、ハードSFというのは、要するに科学考証のちゃあんとしたSFのことです。
「かの惑星には月が二つあった。」
が普通のSFだとしたら、
「かの惑星には主星との質量比が2:1ほどもある惑星が二つ、周回しているのが観測されていたが、予想されてしかるべきカオスなアトラクタを描くことなく、不思議に安定していた」
が、ハードSF、的な? まあ全然違いますけど。
 まあとにかく普通のSFが、見た目の美観のために理由など考えずに月を二つ回してみるのに比べて、ハードSFは、それでは公転周期が安定しないからそれが安定してる理由は、とか、そもそも無理なのでそんな設定にしない、とかのしかるべき考察がなされているものです。
 で、イーガンですが、この人はそういうハードSFの作家の中ではトップレベルと目されていて、実際最新作出せばぶっちぎりの一位、的な状況が二十年前から続いています。
 もちろん最終的なフィクションの部分には、なにがしかの詐術が働いてはいるのですが、そこに至までは、底の底まで考え尽くされていて、そのことによる安心感というのがあるし、科学の土壌に反することをしないという、フェアな勝負を仕掛けてきている。
 と思っていました。
 僕は一時期、SF小説を読みあさっていたのですが、そのきっかけになったのが、邦訳雑誌掲載時のこの「プランク・ダイヴ」(表題作)なのでした。
(つづく)
 おなか痛い。おなか痛いおなか痛いおなか痛い。面接に思いの外ビビってるPさんです。