奥多摩

 奥多摩に行った。
 電車で端の駅に行こうと思っただけだった。
 等高線の分厚い壁に囲まれた窪に挟まれた駅。
 線路の延長線上に、奥多摩工場というのがあった。
 ハウルの動く城のような無秩序な見た目で、遊びで作ったみたいな流しそうめんみたいな金属の樋が巡らされていたり、棟がレゴブロックみたいに張り出していたり、適当に作ったか、合目的的にその都度建て増して計画性のない工場という感じだった。
 その方が見ていて面白い。
 猫はいなかった。
 黒いトンボがいた。
 奥多摩湖に行こうとして、徒歩では行けないようだったので、引き返した。
 青梅街道という道だった。
 都心部まで貫いてる道じゃんか!
 帰りに酒屋的な商店があって、入って地酒でも買おうかと思ったら、店員はおばあちゃんだった。
 はじめは、商品の並び替えでもしているのか、屈んだきり、こちらに気付くこともなかった。
 スニーカーを「ジャリ」って言わしたり、商品をひね回す「コト……」という音を立てたりして、「お客がここにいますよ」というアピールをしたつもりだったのに、ぜんぜん気づく様子がなかった。
 仕方なく、店のいちばん奥にある地酒をひね回して「コト……」と言わしていると、やっと、おばあちゃんの店員は気がついた。
 その時だ!!!!
 蚊が三匹くらい急に寄ってきた。
 おばあちゃんの店員は、「蚊が寄ってますね」と言ったきりだった。
 はたいてもはたいても、三匹、蚊が寄ってくる。
 このおばあちゃんの店員は、この三匹の蚊だらけの店内にいて、よく平気だなと思った。
 皮膚と血が枯れているのか。
 あるいは、その場で、「もう枯れてるから蚊も寄ってこないんですよ」という冗談を、そのおばあちゃんの店内が言うさまを、想像した。
 もし平気でないんだったら、蚊取り線香だのアースノーマットだの虫コナーズだの何でもいいから設置しろ!!
 雨降らなくて良かった。