コールスローサラダの誘惑

 カイセンになるぞ、とおどされた。カイセン。ものすごい皮膚をほじくり返されて真皮の中に貝が埋まっているようなイメージ。最初の「カイ」の音から、そういうイメージが植えつけられたんだろう。そして痒い。すべて、実際にはなったこともないし感染したあとの症状をちゃんと調べたわけでもないから想像だった。
 横断歩道を渡った。えりツィンの方が、早足だった。
 猫を売る人が街頭でメガホンを使って大声でどなっていた。
「みなさん。米が、一日にどの程度消費されるか、把握していますか。
 青いレオタードを着て、今か今かと戦死した人が帰って来るのを待っているイソギンチャクもいます」確かに、メガホンも青かった。
 駅前を通る人は波のようにドッと通っては凪ぐ。波としてとらえることもできる。漫然と眺めていると、それぞれが人になったり、集団的な波になったりを繰り返す。
 郵便局が、この辺にある。
 えりツィンが先を走る。「カイセンなるぞ」
 頭の中で想像上のカイセンが黒い画用紙の上でグルグル回った。針のような歯を持って、それで吸血する。蚊よりもよっぽどむごい食い方をするのでかなり痛い。次第に青く晴れて行って、現実の青空と重なった。
 気付いたら倒れていた。えりツィンもどこへやら。ウエストポーチをつけ、ごまだればかり食っている、正直者のえりツィン。
 首だけ置いてあった。